先生ってなんぞ?

「先生」

デジタル大辞泉(コトバンク)によると

1 学問や技術・芸能を教える人。特に、学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。「国語の先生」「ピアノの先生」
2 教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。呼びかけるときなどに代名詞的に、また人名に付けて敬称としても用いる。「先生がたにお集まりいただく」「先生、お元気ですか」「鈴木先生」
3 親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。
「ははあ―今日は宅(うち)に居るな」〈漱石・彼岸過迄〉
4 自分より先に生まれた人。年長者。
「年の賀も祝はれず、―にはあるまじきことなり」〈鶉衣・戯八亀〉

だそうだ。

年齢を経るごとに自分の中にある純粋性がごりごり減っているので、何を持って先生と言うのか自分の中の定義が揺らいでしまっているのです。

そもそも自分自身が「先生」と呼ばれるのに足りうるのか?という疑惑が。

学校の先生だって、自然に「先生」と呼んでしまう先生もいれば、先生・・・ねぇ、と感じてしまう先生もいます。
上記2の代議士など指導的立場にある人を、ってあるけどこの年齢になるとアレらを闇雲に「先生」というのには抵抗があります。

上記3のからかいの意を含めて、なんて「先生」というより文字にすると「センセイ」とか「センセエ」とかっぽい。

 

なにこんなコト書いているかというと、「薬剤師」は「先生」なのか。という疑問が出たからです。

さすがに直接薬剤師に「先生と呼ばれるのどうですか?」とか聞くわけにもいかず。他の歯科医師はどう言っているのか、この疑問が出てから歯科医師会に赴くことがないから今度行った時に覚えていたら聞いてみようと思うけども・・・。

検索したらこちらのページがあり、それによると、薬剤師を先生と呼ぶケースもあるけど概ねあまり呼ばないっぽい。

でも、医師にしても歯科医師にしても薬に関してはやはり薬剤師ほど詳しくないし、逆に分量とか代替品とか薬剤師に聞くケースが多々あるから、上記2の「学識ある人」にあたると思うと「先生」なんじゃないかと思うのですがいかが。う~む。

 

たまに「○○教授先生」という敬称を見かけますが、さすがにおかしい。

 

敬称というと一般的な常識では会社での自分の上司を他社の人に対して○○部長とか××常務とか言わず呼び捨てなんですよね?
するとウチのインプラント医である高坂先生のことを患者さんに言うときは「高坂に聞いてみますね」と言うべきか。それとも「高坂先生に聞いてみますね」と言うか、毎回揺れまくっています。

たまに治療終了後の患者さんから今後の治療回数の問い合わせが受付の人にあるのだけれど、その場合はスタッフが「院長に聞いてみますね」と患者さんに言っているのが聞こえてきますが、
敬称つけないルールだと「松本に聞いてみますね」になるのかな?
夫婦でやっているから副院長のことはスタッフは「文子先生」と言っています。敬称つけないルールだとスタッフは「文子に聞いてみますね」となるのかしら・・・。

クリニックにおいて敬称つけないルールは無理がある・・・か?

男前

これは人によるし、あくまで個人の感想なのですが。

老若問わず、ぐらぐらの乳歯や不具合の多い親知らず含め「歯を抜く」という行為を勧めて、さらっと了承する割合は、圧倒的に女性が多い。
そして、デモデモダッテと抜きたがらないのは圧倒的に男性が多い。
子供だったらいざしらず、いい年して、指でも抜けるんじゃないの?という残しておくことに何のメリットもない、当然抜くデメリットもない歯であっても。

 

もっとも、僕も抜きたがらない大人に属する方なので気持ちはわかります。わかるから無理強いはしません。注射キライだし。

 

だからというか、親知らずなどを抜くことを勧める場合、メリットデメリットを痛みや未来での可能性、感情のレベルまで勘案して説明していますが、この感情のレベルというのがなかなか難しく、合理の範囲を軽く飛び越えるわけです。

なので、抜いた方がいいのは決まり切っているけど、とはいえこりゃ抜くには大変そうだよな、という歯を説明していく中で、
あっさりと「あ、じゃぁ次回抜きます」と事も無げに言われると逆にこっちがビックリして思わず
「男前だなぁ」
とつぶやいてしまうのです。内心「俺の話ちゃんと聞いてた?腫れるよ、大変だよ?」と焦りもしますが。

 

さて、この「男前」というワード。男性にも女性にも使って良かったんだろうか?とか、男前の反対語って何だろう?とか、ポリコレ棒で叩くことが大好きな人達から言葉狩りに遭わないだろうか?とか、考えてしまいます。

コトバンクにあるデジタル大辞泉だと、
「男前」は、
1 男としての容姿。特に顔だち。「男前が上がる」
2 「男振り2」に同じ。美男。「男前の役者」
3 性格や態度が男らしいこと。男気があること。

とあります。
僕が使う「男前」は3の性格や態度が男らしいこと。にあたると思いますが、そうなると困ってしまうのが、先の個人の感想になる「男の方が抜くことにためらう割合が多い」ことと矛盾してしまうのです。デモデモダッテ男子が男らしいと?

かといって、実際女性の方が抜くことをあっさり了承する度胸と理性があるからといって、それを「女らしい」と評するのはやっぱり変な気がします。

この「変」という感じが僕の古さと言われてしまえばその通りなのかもしれませんが、それをいったら昔の文学への理解が成り立たなくなってしまう。その時代におけるテンプレって大事。
といっても、70過ぎの爺ちゃんがデモデモダッテ言うのだから、「男らしい」=「凜々しい」、「女らしい」=「女々しい」という図式は昭和的な考え方だ、というのもちょっと違う感じ。

じゃぁ明治時代は?江戸時代は?というとどうだったんでしょう?
どこまでホントかわからんけど、女性は生理や出産という痛みに備える強さを持っているから男性より痛みに強い。とするのならば時代関係なくこと痛みに関しては男の方が女々しい、のか?

ここはよくある「痛い」「怖い」ことと、「逃げない」は違う、という格好良さに繋がるのか。
と言いたいけれど、デモデモダッテと合理を投げる男が格好良いとは言えず・・・・。アレか。「戦略的撤退」ってヤツか。いや意味不明か。

そうなると前提条件がそもそも間違っているのかもしれない。大変そうな抜歯に対してすぱっと「よし抜こう!」と了承する行為を「男前」と評することが間違っているのかもしれない。
・・・・間違ってる?間違ってるかなぁ・・・?

「格好いい!」が正しい?

 

うーん・・・どうも僕は車田正美的男らしさとか、ポルコ・ロッソ的格好良さに縛られてるのか?

 

脱線しまくり。

男前の正確な反対語はないらしい。
なぜなら男前という言葉は歌舞伎から生まれたから。らしい。
まぁ近い反対語だと、女ぶりとか別嬪さんとかあるみたいだけど。

そんなことを調べていたら、男前の類義語として「ナイスガイ(nice guy)」がありました。日本語でのナイスガイは外見比重が高いようですが、英語としてのnice guyは内面比重が高いようです。
だから女性にもnice guyと言っていいようですが、先のリンク先では次に、
”女性に対して「nice guy」と言いたい場合は、「nice person」を使います。「nice woman」「nice girl」と言うより「nice person」という方が無難です。「女性、女子」という単語を使うと「男性から見て」というニュアンスが含んでしまうので、内面がよいと言いたい場合は「person」と言った方がいいでしょう。”
と続きます。
その配慮がそこはかとなくポリコレ感が。じゃぁなんでnice guyという単語は残ってるんでしょうね。

布教

年末少し前に、スタッフUから相談が。

「院長、年末年始の休みに読めるオススメのマンガ、何かありませんか?」

 

「んー・・・そういえば『マージナル・オペレーション』好きだったよねぇ。」

「そしたら最近の僕のオススメは『ワールド・トリガー』いいよ。よくチームバトルとか言っても結局タイマン戦だったりするじゃない?ワールドトリガーはきっちり戦術を立てたチームバトルだよ」

と、ちょうどジャンプのWEBで1~9巻まで無料で読めるフェアがやっていたのでそれも勧めた。
9巻の終わりは、序盤のクライマックスで終わってしまうという嫌らしい仕組み。

 

年末、そのスタッフUと話すと、面白かったらしい。どうやらKindleでも無料で9巻まで読めたらしく、アニメ2期が決まったからフェアしてるのかね?
「三輪が嫌い」と。

 

そして、年明け。

そのスタッフUは、僕もそのスタッフUもKindleでの所有だから、他のスタッフに勧められないコトを悔しがっていた。
「院長、サクラの本棚用にワールドトリガー買いましょうよ。そしたらみんな読める」

スタッフUはどっぷりはまってくれたらしく、他のスタッフと話を共有したいようで布教活動に入っていた。

「出水はどうだった?」
「出水もいいけど、私はあの人(失念)がいい。」
「二宮は?」
「二宮は私はそこまでは・・・・二宮隊の一人・・・誰だっけ?あの人がいい」
「犬飼・・・・」
「もう一人の方」
「・・・・・辻ちゃんだ!」
「そう、それ。あとイコさんもいい」

「どっぷりはまってくれたねぇ。キャラが全員立ってるよね」

 

ちなみに僕は嵐山隊のツインスナイプの佐鳥が好きです。

 

人に勧めてどっぷりはまって、更に人に勧めるべく布教活動を開始するのを見てると、楽しいですね。

電子書籍は貸せないのがねぇ・・・アメリカのKindleはシェア出来るのもあるらしい。2週間だったかな?、友人にシェアした間は本人は見ることが出来ないシステムで。

 

それにしても。

チームバトルといって、きちんと連携して戦うマンガが少ないのですよ。
戦術が~という話だと少年誌より青年誌かな?という感じがあるけど、青年誌はバトルが少ない雰囲気。ヤングキングとかのヤンキーモノが多い雑誌はよくわからん。
バトルが多い青年誌の人気作品ってここ最近だと「キングダム」か。アレも戦略、戦術いってる割には最後は「るあああっ」で力押しだから・・・
かといって、バトルが多い少年誌では戦術に重きを置くような地味なコトより必殺技どーん!が好まれているしねぇ。
たまに連係プレイはあるけど、だいたい5対5でもなんだかんだで1対1が5回、という感じがほとんどだし。なんでそんなにお行儀いいんだ?
ゴレンジャーみたいに怪人1対ゴレンジャー5人でボコボコにするのは正義じゃ無いからか?

オーラルフレイル8

続き

4段階あるオーラルフレイルの最初の段階を超えてくると、

第二レベル、口のささいなトラブルの連鎖、
第三レベル、口の機能低下

オーラルフレイルマニュアルより

となります。
第二レベルと第三レベルは状況が悪化しているという程度なのでざっくりまとめると一緒くたなのですが、最初のリーフレットの問いかけ、です。

 

第二レベルの「滑舌の低下」は、唾液量の減少や舌の運動筋肉の低下を示唆し、それは第三レベルの「口腔不潔・乾燥」に通じます。
第二レベルの「食べこぼし」は、口輪筋を主とした口のまわりの筋肉の低下が示唆され、第三レベルの「口唇・舌の機能低下」。
第二レベルの「咬めない食品の増加」は、咬筋や側頭筋などの咬合力の低下や歯の本数、歯周病の悪化など、重複しますが第三レベルの「咬合力の低下」や「咀嚼機能低下」に繋がります。
第二レベルの「むせ」は、喉の周囲、顎二腹筋の機能低下となり、第三レベルの「嚥下機能低下」となります。

そうなると、もう少し専門的知識のある街歯医者の出番ですが、
まぁいろいろな検査があります。
唾液量の検査も、簡易検査だとウチも持っている「ムーカス」(商品名)といった口腔水分量計とか、きちんとしたガムテストなど。
咬合力の検査だと、メジャーなのは「デンタルプレスケール」と「オクルーザー」(商品名)などの咬合力・咬合面積、咬合バランス等の検査、
舌の検査だと、舌圧測定器など。

あとは、食の多様性として食事中の様子や、食品摂取の多様性の評価を行ったりします。

また、動きの評価

オーラルフレイルマニュアルより

「パ」「タ」「カ」が明瞭に素早く発語出来るかで、「パ」は口唇を閉じられるか、「タ」は舌尖、つまり舌前方の動き、「カ」は舌の後方の動きを評価します。

 

それらからオーラルフレイルと診断された場合、それぞれの治療や訓練となります。

治療、という意味では義歯やインプラント、ブリッジといった欠損歯に対する処置や、歯周病の処置、ダメな歯の抜歯とか。
また、口腔乾燥症と診断した場合、その原因を探る。たとえば薬の副作用だったり、シェーグレン症候群と言った病気の特定だったり。

 

そして機能回復のための訓練では・・・・

になるのですが、このようにこれこれこういう機能評価があるよと書いていますが、僕は結構講演会のために勉強しただけで、それら評価がちゃんと出来る専門的な街歯医者にはなっておりません。こういうことを日常的にやれていればもう少し自身の見解を混ぜられるのですが・・・・・

 

続く

フラットアーサー

ツイッターは発信することはほとんどないし、発信しないからたまにしか見ない。
たまにしか見ないからツイッター等SNSは時間の流れが速いなぁと感じ、だからツイッターに齧り付く人々がいるんだろうなぁと感心します。

そんなツイッターでお正月くらいに「#地球平面説」がトレンド入りしていました。

google検索より

地球平面説は昔から存在していたけど、それを信奉する協会まであるとは。とはいえ未だに進化論を否定する主にキリスト教徒がいるくらいだから、敬虔な?ないしは陰謀論が好きなキリスト教徒が地球平面説を唱えても不思議じゃないか。

そもそも地球平面説をバカにするのは簡単だけど、確かに地球が丸いと自分で実証したことなく、「それが常識だから」で思考を停止している僕を含めた人たちは地球平面説をバカにしてはいけない気もします。
だって紀元前に地球球体説を唱え始めた人たちこそ周囲からバカにされていただろうから。
というか、日本では縄文時代だ弥生時代だいう頃に、土器だ、竪穴住居だ、水稲耕作だ、鉄剣切れ味いいねぇいうレベルに、「地球は丸い」と気がつく方が頭の構造がおかしいと思います。

一応コチラに地球は丸いということを確認するための10個の簡単な方法というのがありますが。

せめて地球は丸いというより地球はプリングルスの容器のような円筒形(蓋の部分が北極)の方が僕は理解できます。ドラクエの地図のように右端から右に行ったら左端から出てくるように。

 

それより地球平面説を信じる方々を「フラットアーサー」というようで。言い方が格好いいなぁ。それだけで地球平面論者に鞍替えしてもいいかもと思ってしまいます。

するってぇと地球球体説を唱える大多数の方々を何というのだろう?
地球球体説をスフェリカルアースとか言うようだからスフェリカルアーサー?検索したけどなかった。カタカナがいかんのか?

が、地球平面説の多くの絵が、大地は平面だけど大気はドーム状。コレが嫌い。
フラットアースの中心に近いほど空が高く、果ての方ほど空が低い。
なんか中華思想というか自国中心主義な感じでなんとなく嫌。

ネズミと新年の花

毎年、同じお店に新年の花を頼んでいます。武蔵小金井駅北口のフェリス・ラ・フロールさん。

今年も素敵な飾りをありがとうございます。

 

そして毎年、干支の置物を注文しています。佐賀の田中右紀先生の作品です。
干支が一巡したら注文辞めよう。あと3年くらいだったっけ?
と注文した後に、実は一巡していたことに気づきました。どうしよう。ダブっちゃったよ。まぁしょうがないから一体は自宅に置こう。

と思ったけど、ネズミ自体が小さい作品なので2体置いてもいいか。

と、2体並べて置いた矢先に、花が届きました。
なので、じゃぁってんで花の左右にネズミを。

 

 

ちなみに左の色が濃い方が12年前の、右の薄く尻尾が繋がっている方が今年のです。

どっちも上手いこと花を見上げて、探るような物欲しそうな雰囲気で良い感じ。

ペンギン・ハイウェイ@audible聴了

森見登美彦の小説audible版は、「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」そして「ペンギン・ハイウェイ
人気作品がオーディオブック化されるため、これら3つともアニメ化や実写化されています。

最初、夜は短し歩けよ乙女を聴きました。軽快に聴き終えられました。
なので次はと有頂天家族を聴き始めましたが、断念しました。
で、最近になってペンギン・ハイウェイを聴き始めました。

audibleサイトより

森見登美彦氏の3つ以外の作品を知らないのですが、なんというか独特の世界観と描写。

ペンギン・ハイウェイは第31回日本SF大賞受賞している。

SF、サイエンスフィクションなのだけれど、ペンギン・ハイウェイはそっちではなく藤子・F・不二雄の提唱した「すこし・ふしぎ」のSFなのでは?
夜は短し~も有頂天家族も「すこし・ふしぎ」のSF。

 

昨日の自分より偉くなるための努力を惜しまないアオヤマ少年の、歯科医院に勤める「お姉さん」と謎のペンギン、謎の球体「海」を巡る不思議な話。

アオヤマ少年は、怒らない。
『怒りそうになったら、おっぱいのことを考えればいいよ。そうすると心がたいへん平和になるんだ』
という含蓄のある言葉を残す。

そして話は謎だらけ。わからないことをわかるために、わからないという世界の果てに行くために研究を重ねるアオヤマ少年だけど、この不思議な話は謎のまま。

軽妙なトーンで流れていく物語は、軽妙なまま終わる。だけど、最後、じわっと泣きました。イトーヨーカドー前のフェスティバルコートの隅っこで。まずいまずい。

なんでしょうね。小説にしてもドラマにしてもマンガにしても「ほら、ここ感動するところ、涙するところだよ、ほらほら」っていう思惑が透けまくりの作品が多い。それでも確かに困ったことに思惑に乗って泣くんだけど。

ペンギン・ハイウェイは、そんなラストのシチュエーションは明らかなのに、でも文体には思惑めいた感じが少しも出てこなかったのに、気づいたら涙腺が。あらやだもう。
その泣きのシチュエーションを経た後の、アオヤマ少年の新たな決意も、ぐっときた。

朗読の人も上手で、
アオヤマ少年の発する「僕にはわかりません」
文章には悔しがっている直接的な描写は一切ないけど、会話での声の表情は悔しがっている。声のテンポも状況に応じて変化している。おかげで没入できた。

有頂天家族は、序盤で置いてけぼりくらって断念しちゃったわけだけど、聴き終えた夜は短し~もペンギン・ハイウェイも本として読んだら僕は読み終えていたかな?
なんとなく僕の場合は声に助けられたんじゃないかという気がします。

だから、森見登美彦氏の他の作品が気になるけど、本を買おうというところまでいかないんだよなぁ・・・

 

ところで、この物語の重要人物である歯科医院に勤める「お姉さん」。
何が気になるって、お姉さんの大きいおっぱいが・・・・じゃなくて。肩書き。
お姉さんは、文章での感じだと少なくとも「歯科医師」ではない。だけど、上手らしいから、「歯科助手」ではないようだ。歯科助手は患者の口の中触れないからね。となると「歯科衛生士」かなぁ。
物語上、そんな肩書きは重要でもなんでもないから全く言及されてないけど、僕は職業上どうしても気になってしまうのでした。
アオヤマ少年の言う、歯科医院に来る「患者さん」ではなく「お客さん」の言い方にも気になったけど、これは実際にたまに言われるコトなので、小学4年生ならいくら頭のいい少年でも致し方ない、か。

audible

audibleは9冊分ほど無条件返品が可能で(とはいえ甘えてはいけませんよ)、その後は「返品不可」マークになりますが、問い合わせで理由を述べることでメールや電話で返品作業が出来ました(とはいえ甘えてはいけませんよ。不誠実なことをし続けると停止処分があるそうです)。

1年経過したら、その「返品不可」マークが取れ、再び無条件返品が可能状態へ。
audibleがコイン制に規約変更されてすぐのころは、どのくらいまで返品が可能なのかどんどん返品して確かめて、どうやら9冊くらいということがわかったのですが、今ではそんな無体なことやっちゃいけないよね、と慎重に返品しているので(現在3冊ほど返品)、限界がわかりません。たぶんまた9冊くらいだろうなぁと思ってはいるのですが。

 

そんな野郎どもがいるのが大きな原因かもしれない、ということについては心に棚を作るとして、audibleらオーディオブックは前にも書いたけど、売れると見込まれたモノが多い。
だから池井戸潤作品が非常に多い。
僕はaudibleで「空とぶタイヤ」を聞いて、他の池井戸潤作品の粗筋やドラマの粗筋を読んで、だいたいが理不尽な目に遭ったオッサンのジャイアントキリングモノなので暑苦しそうなので敬遠しています。
またオンデマンド時代にAIについての本を聞きながら運転していたら、後半は哲学や宗教に繋がるような話になって眠くなったりもしました。

基本ながら聞きが多いので、あまり耳に脳のリソースを使わないで済むラノベ系統を聞くことがおおいのです。
が、これらがまた途中で更新が途絶えるのですよ。今年アニメ化される、なろう系を代表する「無職転生」も15巻を最後に2年以上ストップ状態。アニメ化されたらまた復活するんかいな?
本好きの下克上」も巻数が多いらしいから途中で止まりそうな気がしますね。

リリースしたんなら最後までやってよ!と言いたいところですが、ラノベだろうとマンガだろうと売り上げが悪いと打ち切るし何巻か出ていても続きが書籍化されないとかあるからオーディオブックも同様なのかしら・・・。やはり不実な返品はいかんのですよ。

というか少々値上げしてもいいのでコイン制じゃなく以前のようなオンデマンド制(サブスクリプション)に戻して欲しいです。

ところで売れると見込まれたモノ、フジテレビ開局60周年特別企画で二夜連続で放映された「教場」のオーディオブックが年末にリリースされているのでどうしようか悩み中。
もっとも、audibleでリリースされているのは本編じゃなくスピンオフだったりするからわけわからん。

 

年に一度のお絵かき

あけましておめでとうございます。

 

絵を描いていると楽しい。ただ、絵を描くことが目的ではないのでそんなに絵を描くことはない。なので描くことが楽しいというより描いていると楽しい、のです。

年がら年中描く絵は歯の絵だったり、それにともなう知覚過敏や虫歯の説明、歯根端切除術+囊胞摘出術の説明だったり。
これらは説明の際して当たり前のように描いているから楽しいとかそういうのはない。

 

僕が描く時期は年末。年賀状イラストの時、くらい。

ネズミ年・・・ネズミ・・・・そして僕の、僕の家族の「今」を絡めて・・・。
と、数日そういうことを頭に置きつつ過ごしていると、ふわっと画像のピースが降りてきます。

長女、頑張っている、大詰め。
次女、頑張り始めている。
三女、マイペース。
妻、頑張っている、応援している。
僕、穴を埋めるように仕事している。

そして、ハムスター飼いはじめた。

で、浮かぶ画像を紙にアウトラインを落とし込む。
そんな感じなので、それ以外の画像がもう出ない。
どうかな?と妻に見せる。僕は公私の境界線が曖昧なので妻に線引きしてもらう。

そしてアウトラインから構図を整え、下絵を描き始める。

 

ここで失敗したのが方眼紙を使ったこと。

方眼紙のマス目に自然に縛られてしまって、それに気づかず、自分では立体的だと思っていたままスキャナで取り込む。

 

取り込んだ下絵からデジタルマンガ家御用達のセルシス、クリップスタジオを使って線画を描く。

そして気づく。立体感が、ない。遠近感がないと言ってもいい。特に左下のレトロ風な機械で。

 

原因は方眼紙のマス目でひたすら平行線を描いたから。

なんだっけ・・・・あれ、そうだ、二点透視図法とか三点透視図法とかいうの・・・なんか難しそうなの・・・・。

両方とも遠近感を出すのに必須の方法で、
二点透視図法は目線(アイレベル)の水平線上の左右に一つずつ消失点を置き、その消失点から引かれた線をなぞることで近くは大きく遠くは小さく、の遠近感を出す。ただし縦方向は全部垂直線。
二点透視図法を意識して、アウトラインを描き直したのがコレ。

三点透視図法は、二点の左右の消失点に加えて、縦方向に消失点を加えることで、「俯瞰」とか「あおり」とかを加える遠近法で、二点透視図法と異なり縦方向の線も垂直ではない。
三点透視図法を意識して、アウトラインを描き直したのがコレ。

 

なんかやっぱり三点の方が格好いいな。
コレと最初を比べたら、最初の方なんかエジプトの壁画だ。

でも、破綻なく三点透視図法なんて・・・・・と思いきや。

 

セルシスのクリップスタジオは、先に書いたようにデジタルマンガ家御用達です。そのくせフォトショップのように高額でもなく。
そして、ユーザーが多いのでプロアマ問わずイラストレーターらが作例を公式サイトにアップし、使い方の公式サイトも初心者向けの描き方の方法をわかりやすく解説してくれています。

クリップスタジオにはパース定規なるものがあり、どう使うのか、その手法なども公式サイトに載っていました。
だいたいで描いた下絵を元に透視図法の消失点を割り出す方法とか。それだ!

僕は知識の蓄積がないからか、短い時間を繋げるように作業してもすぐ忘れます。なのでやるときは一気に。
12月20日金曜日にだいたいの下絵を描き、この構図にしようと決めて。
12月21日土曜日の20時くらいから部屋にこもり、一気に。
途中、妻がきて「凝り出して迷走してない?」と言うも、一応方向は見えているので「たぶん、大丈夫」と返して、
何年ぶりかの完徹。9割方終わったのが12月22日の朝7時。出来た絵を印刷して妻や子供達に見せてOKもらって、残り1割のやり方がわからず公式サイトや他ネットを調べたり、今までの知識からたぶんこれでいけるはずと、午前中に試行錯誤し、完成。

相変わらず、色塗りが下手、というか色彩センスがないというか。それでも去年や一昨年と違い、公式サイトにある初心者向けの色塗り方法を見ながら、何十ものレイヤーを使い、結果簡単にそれっぽくできたなと思います。
思っていたのとちょっと違うけど。

とはいえ、所詮数日初心者向けのページを見ながら描いたに過ぎなく、たぶんクリップスタジオの機能の10%使っているかどうか・・・

そしてまた1年後に、となるとせっかく10%とはいえ覚えたことをすっかり忘れてしまいそうなので、何かしら、それこそ当ホームページの治療説明とかに活かしてもっとサラサラと描けるようになったらいいなぁとチャレンジしようかと。

 

ちなみに、12年前のネズミ年の年賀状はこれ。

ちょうど長女が生まれた翌年なのでそんなイラスト。当然色塗りセンスがないから筆絵っぽくしてごまかしました。確か時間もかかってません。仕事は辞めていたけど長女の出産と開業準備でバタバタしていたってのもあります。
この時は残ったデータを見ると製品版として発売されたばかりのペイントソフト「SAI」を使っていたようで、その拡張子のファイルが残っているのですが、
SAIのプロダクトキーを忘れてしまっているので、開こうと思ったら試用版をダウンロードして、となるのですが、SAIのサイトを見る分には非常に取り残された感じでダウンロードする気も起きない・・・。ベータ版を経てリリースされたときは軽快に動く、そして安い、と好評価だったと記憶しているんだが・・・。

あけましておめでとうございます

 

あけましておめでとうございます。

2008年3月より始めたサクラ歯科医院も今年の3月で丸12年となります。
まだまだ頑張って成長していきますのでよろしくお願いします。

 

ネズミ年ってどんな意味があったっけ?と検索したら、昔話的なのではなく、十干と干支で庚・子であり、陰陽五行ではなんとかかんとか・・・というページがありました。
難しくて流し読みしか出来なかったのですが、それによると、2020年は「庚(かのえ)・子(ね)」であり、

「勉学や仕事、恋愛、健康などそれぞれが相互に影響をもたらし合います。なにかに行き詰まったときは全く別のものから活路を見いだせることもあるでしょう。」

「十干十二支を植物で見た時、庚子は変化が生まれる状態、新たな生命がきざし始める状態なので、全く新しいことにチャレンジするのに適した年とも言えるでしょう。」

だそうです。

こういうのは誰もが当てはまるし誰にも当てはまらない、心の持ちようだとは思いますが、たまたまとはいえそういう意味があるのだと知ったからには心機一転いろいろチャレンジしていこうと思います。