人権啓発ポスター

よくわからないけれど、都の人権啓発ポスターを都内4つの小学校に依頼?して作成してもらったらしく、そのうちの一人に長女が選ばれました。

 

だいぶ前にどういうこと描いたらいい?と質問を受け、「人権ねぇ・・・」と思いながらアドバイスをしたのですが、
長女は絵を描くことが好きなので、なんか面倒くさがりながらもちゃんと描き、結果選ばれたようです。
1校15名(枚)

その表彰式??完成式典??が先日あって、参加は自由だったようですが、こういうことはそうそう経験ないだろうからと、都庁横の都議会議事堂に家族で行きました。

 

それにしても、なぜにこの4校?そしてなぜに小金井第一小学校が?

 

そして式典前のビデオでは、人権に関する啓発ビデオとして、二つが例にされていました。

一つは、オリンピック、パラリンピックの歴史は人権の歴史というお題。
最初は男子だけだったのが女子も出られるようになった、オーストラリアでの開催では先住民族のアボリジニの紹介、パラリンピックの開催、難民からの参加、という人権の歴史。

もう一つは、北朝鮮の拉致被害者という、北朝鮮による人権を踏みにじられた被害者がいるという事実。

 

えらいさんの紹介により始まり(次女は期待していたけど、当然のように都知事はいませんでした)、
それから、4つの小学校、そして各校の代表(当然小学生)による説明。第一小学校の代表だけがノー原稿で説明をするという、しかも一回もとちることもなく。すげぇ。

   

そして閉会し、各校の写真撮影。(着ぐるみは、やなせたかし氏デザイン)

外に各ポスターが貼られていました。そして各校の人権への取り組みの紹介とか。

もともと実は3つのテーマが与えられていて
1:世界中の人々とともに生きるために
2:困っている人を見かけたら
3:インターネットを正しく使うために

というテーマから一つ選んでポスターを作成するらしかったのですが、長女曰く「何も言われてないよ」(本当かな?)だったので、長女のポスターはその3つのテーマに沿っていません。

だから?
多くは世界中の人たちと握手、的なポスターで、あとはSNSで人を傷つけることもあるから言葉は考えよう、的なポスター、いじめ、差別、そういうことをなくそう、的なポスターがある中、60枚中長女のを含めた3枚だけが、障害者が入ったポスターです。
そこら辺は僕は長女を褒めてやりたい。
ただ、長女のはテーマに沿ってないけど。

しかし、たくさんあった世界中の人たちと仲良く的なポスターで一枚だけ、世界規模を超えて宇宙規模だったスケールのでかさには驚きました。

これらポスターは、その4つの学校があるそれぞれの沿線の電車内の窓上広告に11月から掲示されます。

 

 

ところで、僕が最初「人権かぁ・・・」と思ったのは、人権そのものはよいのですが、ソレを本来の理念から離れて飯の種にしている方々が一定数いるのに少々嫌悪感を抱いているからですが、
もう一つ。
人権、人間として生きる上での普遍的な権利。
権利の対義語は義務。
対義語であるならば、その言葉の価値は同等。
そして義務とは、法律上または道徳上、人や団体がしなくてはならない、また、してはならないこと。

ならば、人権と同等のレベルで人義(じんぎ)があるべきと思うのですが、そんな言葉は基本的にはないようです。コレにちょろっと書かれていたくらい。

ちなみに、「義」は儒教にある五徳の「仁」「義」「礼」「智」「信」の一つであり、それによる「義」は「正しい行いを守ること」「心や行状が正しいこと」
この五徳の「義」の対立語が「利」であることから、権利の対義語としての義務の義はこれでいいと思う。
他に「義人」という言葉があったので、これか?と思ったらこれはキリスト教での概念らしく、このキリスト教における「義」の対立概念は「罪」らしいので違うなと。

なので、人権ばかり言われて本来同等レベルで語られる必要のある人義(?)がないのがちょいと不満。もしくはそれは道徳?

 

・・・・なーんてこねくり回していたら、「人権」の対立語(対義語ではない)はどうやら「国家権力」みたい。歴史的にみたらそりゃそーだ。そりゃ人義なんて言葉がないはずだ。なるほどねぇ。