光圀伝@audible 聴了

冲方丁の「光圀伝」のaudible版を聴き終えました。

6歳くらいから73歳で死ぬまでの生涯の物語です。
光圀は、父頼房譲りの膂力があり、母譲りのイケメン、徳川の御曹司でありながら市井(主に悪所)に通じ、
好奇心が強くそれに伴う行動力があり、直情径行なのが欠点ではあるけど、頼房から鍛え上げられた胆力があり、
知性とそれをささえる蔵書に恵まれ、そのため詩歌に通じ最終的には文化の頂点である天皇家からも認められ、
将軍様よりも官民から人気がある、

そんなスーパーマンとして描かれています。

とはいえ、心の中では懊悩が溢れかえっていて前半は、なぜ水戸藩の世嗣(世子)が兄ではなく自分なのかで悩み続け、後半は妻や親友の死、上手くいかない事業、果ては期待をかけていた若手の暴走?などなどに苦悩しています。
その懊悩・苦悩の根本は「そのことは大義か否か」

自分の置かれた状況そのものが「義ではない」いらだちがあり、義に生き義に悩む。

まーなんちゅーか、スーパーマンだから悩むのか、スーパーマンなのに何でそんなに悩むのか、そんな感じ。

 

ところで水戸光圀は、日本における「史記」を編纂する事業を叔父から継いだこともあり、全国に散らばった資料を集めるべく、この光圀伝では佐々介三郎が光圀の名代として東奔西走しています。
佐々介三郎≒佐々木助三郎=助さん

諸国漫遊、テレビドラマの「水戸黄門」、実際は江戸と水戸と周辺しか足を運んでなかったらしい水戸光圀が、諸国漫遊していることになったのは、この史記の編纂事業、また大日本史の編纂によるものらしいですが、

光圀伝には、後半で佐々介三郎は大いに出て隠居後の光圀のよき理解者として描かれていますが、助さん格さんコンビの格さんこと渥美格之進≒安積覚兵衛はちょろっとしか出てきません。
何故だ冲方丁・・・。

まぁ、中盤から後半でのというかこの物語を通して一番の重要人物は光圀を除けば光圀の次の代の大老となった藤井紋太夫なので仕方がない・・・のか?

 

この光圀伝、面白いかというと面白かったのだけど、ずっと自分に残るのか、というと残らない。
どっちかというと天地明察の方が残る。

さすがにテレビドラマの水戸黄門が実像とかけ離れているのはわかるんだけど、光圀伝の水戸光圀が実像に迫っているのかというと、よくわからない。そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
ちょっとスーパーマン過ぎやしませんか?という気持ちもあり、そのくせ大義か否かで悩みまくっているのでなんとも感情移入できないのです。

 

そして歴史小説を読むにあたって頭に置いておく必要がありつつも考えてはいけない「どこまでがフィクションなのか」。

 

続く。