光圀伝(上)@audible 途中

光圀伝@audible 途中。

天地明察で冲方丁が気になりました。
天地明察は、ずっと中国の暦を使っていた日本が、独自の和暦を作るという壮挙を主人公である渋川春海(安井算哲)に皆が託し幾度かの失敗の上に改暦を実現する物語です。
マンガ化、映画化もされています。

その渋川に夢を託し支援した一人が壮年の水戸光圀。水戸黄門様です。
その描写は吠えるような態度や悔しさを滲ませる直情径行。
ドラマの水戸黄門なんてお爺さんの水戸光圀しか知らないので正直違和感。

そして、冲方丁の「光圀伝」です。気になるじゃないですか。

まだ光圀伝上下巻の上巻の半分も聞いてないのですが・・・。

水戸光圀は、鬱屈した人物でした。水戸藩、徳川頼房の三男で、長男は当初病弱、次男は若くして死去、そのため三男の光圀が世嗣として扱われるも、
なんだかんだで優秀な長男は病弱から脱していることもあり、子供の光圀は世嗣であり世嗣であっていいのか、何故俺なのか、という鬱屈を抱えてしまう。
やっと世嗣と認められてきたと思った矢先に死病の一つであった天然痘に罹り、絶望のどん底に。
そこで実は病弱だった長男も天然痘に罹り死病を脱した事を知る。隔離された中、看病に来る兄に、兄に対するコンプレックスが消え和解。逆に兄を慕う。
名実とも世嗣に認められた後の18歳前後の江戸詰では、身分を隠し傾き者として街へ繰り出していた。

 

佐賀鍋島藩の人たちが水戸藩邸に来るエピソードは、原城の抜け駆けの罰を光圀の父、頼房が擁護したというお礼。
原城の抜け駆けは、いわゆる隠れキリシタンの島原の乱で原城へ籠城したキリシタン達に、佐賀藩が他の藩より抜け駆けして原城へ一番乗りしたという約定違反。
ここら辺は隆慶一郎の「死ぬことと見つけたり」で知っていたのでニヤリ。
だから、佐賀藩は水戸藩と仲良し・・・・・なのに幕末は倒幕の方へ向いたんだねぇ・・・

また、傾き者として浅草に繰り出していた光圀が悪友4人にハメられ無宿人(ホームレス)を惨殺しかかったエピソードでは、通りかかった紅蓮の老傾き者、宮本武蔵と出会う。
武蔵が起居している寺は沢庵宗彭の寺。沢庵宗彭は、先年、秀忠時代に後水尾天皇の紫衣事件で流罪に処されていた。
紫衣事件のエピソードは、同じく隆慶一郎の「花と火の帝」で知っていたのでまたニヤリ。

当然のように宮本武蔵、に関しては吉川英治の「宮本武蔵」で知っているので、また川原正敏の「修羅の刻」(マンガ)でも老境の武蔵が出てくるのでニヤリ。

まだ光圀伝、上下巻の上巻の序盤だってのにニヤリとするエピソードが散りばめられていると、途中でまた「死ぬことと見つけたり」や「花と火の帝」、「宮本武蔵」を読みたくなる。しかも吉川英治の宮本武蔵はaudibleにあるしね。
困っちゃうなぁ。

 

ところで、光圀が若い頃は傾き者だったという違和感も、よくよく考えたら
有名な時代劇「水戸黄門」、実際は諸国漫遊なんかしてないらしい黄門様、もめ事に顔を出しては、さっさと身分を明かせば良いのに身分を隠して引っかき回して、
最後には「助さん格さん、やってしまいなさい!」なんて自分も杖で大立ち回りをして、気が済んだら印籠を出す、なんて傾き者だよねぇ。