沈黙は金 雄弁は銀・・・なんだけど・・・

安田純平拉致人質解放事件に関しては、

最初の頃の、大手メディアは都合の悪い事実を報道しない自由を行使し、ネットメディアは都合の悪い事実を重点的に報道し、
そのポジションに伴って、イデオロギーに偏った方々が擁護したり批判したり。擁護と言うより讃えるような過剰さや、批判と言うより誹謗中傷だったりする意見だったりもあるけど。

で、いろんな事実が公になったり、自己責任論をかざして批判する人々を批判するポジションの方々がいたのに、本人の記者会見で自己責任と反省したり。(そもそも自己責任は本人がツイッターで以前に書いていることだし)

 

こういう一連の流れを見ていて、「沈黙は金 雄弁は銀」という諺がよぎってしまいます。

 

批判の方が多いネットに対してか、ジャーナリストという同業職種に対して半ば脊髄反射的に擁護したり、批判した人々を批判したりするような感じで、自分という軸じゃない軸で語るからすぐボロが出て、その浅い擁護に対して批判が起きて、結果支離滅裂な言い訳をしたりして。

だったらしゃべらなきゃいいのに・・・・

と思うんだけど、番組のコメンテーターはコメントするのが仕事だし、マイクを向けられて沈黙を貫くのもマズイしねぇ。

かといって、いろいろ状況が出てきて体勢の判定が出てきた頃にのこのこと出てしたり顔でしゃべっても、それはそれでなんだか日和見主義というか風見鶏の誹りを受けかねないような気もしますし。

聞かれもしないのにツイッターで脊髄反射で書き込む著名人はともかくとして、ポジションによる思惑の中でしゃべらないといけないコメンテーターも大変ですね。

 

というか。
報道番組に詳しくもしくは優しく解説する人は必要でも、コメンテーターって必要あるのかな?
報道番組は、余計な「~と思われます」とか「~という意見もあります」なんて中立に見せかけた非中立的情報を視聴者の耳に流し込むのではなく、事実とそれに伴う解説だけを流せばいい。
判断を視聴者に任せればいいのに。