旅の記憶の扉の鍵と呼び鈴

「ソムリエ」(城アラキ×甲斐谷忍、集英社)の第2巻で、
天才的ソムリエである主人公ジョー・サタケは風邪を引いて鼻がきかない状態で、ワインを当てるブラインドテストに挑む。味はかろうじてわかるが鼻がきかないソムリエとしては失格状態で、そのワインを当てるために彼は、

「ブラインドテストにはふたつの方法があります」
「ひとつは色・香り・味の順に少しずつ絞っていくやり方」
「そしてもうひとつは」
「記憶をたどるやり方」
「ワインにはさまざまな記憶が残ります」
「誰と いつ飲んだのか どんな気持ちで 悲しい記憶 楽しい記憶」
「1本1本がその記憶とつながります こうして目を閉じれば記憶だけが残る」
「たとえば このワインはどんな記憶を甦らせてくれるか」

 

とまぁ、謎の引用から始まりましたが、
旅好きカメラ脳の僕は、撮影した画像があれば特にだけど、画像を見なくても撮影をしたという記憶さえあれば、大方の旅の記憶は甦ります。間違いもあるけど。

逆に言うと撮影NGの場所に入ると記憶力が極端に低下します。京都や奈良の撮影NG寺社仏閣などは、外観は記憶していても、その内部の仏像などほとんど記憶していません。
そういうことがわかっているから撮影NGの場所は避ける傾向にあります。
なんのために旅をしているのか本末転倒も甚だしい。

僕にとっての記憶の扉の鍵は、写真、ではなく撮影をした事実。

 

「琥珀」
というと思い起こされるのは初代「ジュラシックパーク」。映画でもなぜか姉と見たけど、思い起こすのは小説を読んでいた記憶。

更に言えば、通学中の電車の中で小説の「ジュラシックパーク」を読んでいる最中にMDプレーヤーで聴いていた、
小野正利の「VOICE of Heart」というアルバム。切ない系のラブソングです。
まったくジュラシックパークにそぐわないのですが、僕の中では思いっきり紐付けされていて、「ジュラシックパーク」というと小野正利なのです。無茶苦茶だ。

 

今回、だらだらと佐賀旅を書き連ねていますが、移動中、そして観光中に何を聴いていたかというと、audibleの「空飛ぶタイヤ」(池井戸潤)でした。

だから、佐賀旅を書き連ねるために写真を見ながら当時の記憶、考え、感情を思い出している作業に紛れて、空飛ぶタイヤでの主人公四面楚歌状態や、ちょっとした未来へつながる希望(たいがい後で打ち砕かれているんだけど)が、ノイズのように混じってくるのです。

ジュラシックパークでラブソングが脳内に流れるのも大概だけど、佐賀旅の記憶に空飛ぶタイヤなんて物語が混じるのも、かなーり困ります。せめて音楽でしたね。

「旅にはさまざまな記憶が残ります」
「誰と いつ旅したのか どんな気持ちで 悲しい記憶 楽しい記憶 感動する情景 周囲の音」
「ひとつひとつがその記憶とつながります こうして目を閉じれば記憶だけが残る」
「たとえば この旅はどんな記憶を甦らせてくれるか」

 

・・・・空飛ぶタイヤが甦ります・・・・