十七回忌の佐賀12-肥前さが幕末維新博覧会-リアル弘道館-

続き

実家の、というか兄貴の歯科医院から程近い「リアル弘道館」へ。

リアルというほどリアルでは無かったけれど、おそらくは実はさほど広くない敷地を巧く使ってわかりやすいブースに仕立て上げていました。

まずは、弘道館拡充の話。

 
武士の凹凸にプロジェクターで描かれ口パクしたり袴が微妙に動いたりしています。

 

弘道館なわけなので、当然七賢人が出てくるのですが、弘道館の一日を案内するのが首席「久米邦武」

首席にも関わらず、なぜ七賢人に入らないのか?
wikipediaに書かれていることを抜粋すると、

久米邦武
弘道館出身、数多くの書物を読む、弘道館で教鞭をとる。
維新後、岩倉使節団の一員として1年9か月にわたる長期欧米視察を行い、帰国後全100巻の米欧回覧実記を編集する。
また、大日本編年史など国史の編纂に尽力する。
歴史学者

業績が地味なのかなぁ・・・・枝野神陽が八賢人になるなら、久米邦武が九賢人いりしそう?

弘道館の一日はマンガ仕立てになっていて、小学生くらいから朱子学他、学問を仲間達とともに先輩から習い、切磋琢磨し、殿様とまでディベートする、というところだったようです。

   

 

七賢人のパネルがあるところで少し待機させられ(前の人々がいるから)、

拡充した弘道館の図面に白いパネルがあり、それを図面に置くと上からの光が追随して、その図面の内容が浮き出る仕組み。

  

どうなってんだ?

そして、大声で素読の練習・・・させられている風景。

 

 

弘道館の勉強部屋を模したところで大隈重信メモリーズ。
大隈重信の声?での回顧録です。

   

wikipediaにもあったけど、大隈重信の口癖が「~あるんである」「~あるんであるんである」で、ここでもそれを言うんだけど、そんな知識無しに聞いたときは「何それ?」です。
「偉人がいかにして出来るかと問われれば『偉人は友人と切磋琢磨し合い偉人となる』と答える」というようなコトを最後に言っています。

「玉磨かざれば光なし」ということわざがあります。
意味は「すぐれた才能や素質を持つ人物でも、努力して自分を磨かなければ、その才能や素質を活かせない」というたとえです。
が、己を磨くモノは、内に向かう勉学修養だけでなく、外からの同程度の硬度を持つ仲間と精錬研磨しあうんですかねぇ。

 

続く