心は佐賀?

テレビでイベント情報として「あじさいの季節になりました」から始まり様々なイベント情報が流れていましたが・・・・

東京で見ているのでキー局なのですが、地方だとそのまま流れているのか番組が変わるのかどうなんだろう?
そのまま放映されていても関東のイベント情報なんざ地方には関係ないし・・・
そもそも「あじさいの季節」って地方でバラバラじゃないのさ。

 

子供の頃、6時のニュースを見ていて、アナウンサーが一礼をしたあと、途中からスタジオが安っぽくなり佐賀のニュースになったときに最初は戸惑いました。

逆に、東京に出てきたばかりの頃にNHKのニュースを見ていて、アナウンサーが一礼した後、そのままスタジオが変わらずに終わりを告げたはずのアナウンサーが再びニュースを読み上げたのにも戸惑いました。

そしてその二つの差異がキー局と地方局のこととが統合されたのです。あーなるほど、と。

 

さて、佐賀で生まれて18年生活し、1年浪人で福岡にいて、東京に出て既に25年くらい?になるわけですが、未だに東京中心の番組作りに若干の批判の目を向けてしまいます。
「あじさいの季節」じゃないけど東京中心に話をまわしてるんじゃないよ!
別に、年を取ったら田舎が恋しくなるとかいつかは故郷に引っ込むとかは、今のところこれっぽっちも存在しないし、病気と共に生きるような年齢に病院に行くのに苦労するような田舎に引っ込んではいけないと思っているので(佐賀市はそこまでじゃないよ。大きい病院いくつもあるし)

ただ、東京中心批判なだけです。

それを初めて感じたのは1991年の雲仙普賢岳の噴火と火砕流の発生の報道です。
当時高校生だった僕は、その報道を毎日NHKで見ていましたし、夜の、普段なら番組が終わって砂嵐状態の時間帯も、謎の音楽と謎の映像が流れて「次の情報は午前3時より行います」(だったかな?)というテロップが貼ってあり、そういう形で放映されていました。

兄が東京(正確には千葉)から帰省して、こっちの普賢岳の報道を見て、
「あっちにいると報道がピナツボ火山の噴火(フィリピンのルソン島、1991年噴火)と同じくらいにしか感じなかった」
と言ったことに、おそらく初めて東京中心の作りなんだろう、と実際には見ずに批判の萌芽が出たんだと思います。
・・・・もっとも、ちゃんと報道されているけど兄貴が大してニュースに関心を示してなかったという疑惑もありますが。

 

25年経った今でもそれを感じてしまうところに、原体験とまでは言わないまでもすり込まれた気持ちはずーっと続くものなのかねぇと思ってしまいます。
そういうものなのか、僕がひねくれ者なのか頑固なのか?