京都旅(3)-壬生-

松尾大社は市内から西へ外れたところ。そこを一路東へ、市内中心部へ戻る。
行く先は新撰組結党の地。

とかいって、壬生寺に向かうという以外ノープラン。壬生寺あたりに着いたところで、新撰組がまだ芹沢鴨ら水戸系がいた最初の頃(壬生浪士組)に起居した八木邸があって、そこでは隣が鶴屋さん。1000円払って中に入ってガイド?が新撰組について話していて、あと鶴屋で抹茶と和菓子をいただける、という寸法。
 
・・・・なんだけど・・・・邸内をうろうろできるわけでもなく(できたのかも?)、ガイドさんの話は、新撰組が関係した本なり小説なりマンガなり読めばたいがい分かっていることだったので途中から聞いていたけど途中で退席しました。

抹茶と和菓子はおいしかったです。
 
が、これらを1000円払って、という価値があるかは・・・・皆さん次第というか・・・。僕にはなかったです。
邸内にあった贈られた花が仏壇?に飾ってあって、贈った方の名前が芹沢鴨の末裔らしき名前だったのは、少しびっくり。

 

あくまで小説上の知識でしかないけど、果たして当時の八木邸は新撰組結党当時のならず者集団を好ましく思ってなかったんじゃなかろうか、でもそれを観光収入としているのがなかなか複雑だなぁと思ってしまいます。
司馬遼太郎の「龍馬がゆく」では坂本龍馬は新撰組のことを馬鹿のように言っていますが、同じ司馬遼太郎の「燃えよ剣」では土方歳三が主役なので新撰組の大義がかっこうよく書かれているわけで、結局視点、立ち位置の分だけ見方が異なるので何ともいえませんが、
少なくとも芹沢鴨一党らはここら近辺に多大な迷惑をかけていたという史料があるし、彼ら一党だけが壬生狼と蔑まされたわけじゃないだろうけど、やっぱり新撰組初期は嫌われていたんじゃないのかなぁ・・・

新撰組が、というより近藤土方率いる新撰組としての史料だとたぶんこっちだと日野の方が豊富かなと思うので、別に京都に行ってもこっちを巡ることはないでしょう。

なので、せっかくだから寄った壬生寺は、さらっと。
 

 

ところで、近藤、土方、沖田のストラップがあったのですが、近藤と土方だけ写真、沖田はイラストでした。本人の写真がないことと、確か本人と思ったら弟だか近親者だったとか、そして不細工だったという噂がね・・・

 

と、なんでも利用という若干のもやもやを残しつつ、またある意味胡散臭い人物が祀られている神社へ。

 

・・・・あ~「月明星稀」(盛田賢司、小学館)を打ち切りやがって当時のヤンサンめ(怒)

あと、何かの媒体でも突っ込みがあったけど、新撰組なのに局長とか隊士とかなんででしょうね。組長じゃないのかと。